【ファンタジーの祖】ナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)に思いを馳せる【多読】

こんにちは、多読でTOEIC900点超えを達成した理系早大生のスケです。

今回は、コラムというか、随筆というか、そういう感じのまとまりのない記事になるかと。

普段のブログ記事は、英語学習に悩む人たちに対しての助けとなるような内容を意識して書いています。

そういうコンテンツを書くのは楽しいんですが、僕が英語学習に関して伝えたいメッセージというのは、本当に小数の超大事な原理・原則なので、結局、どの記事でも結論というのは似たようなものになっています。

要は飽きてくるわけですw

で・す・が、この記事は違います。僕の趣味・嗜好をふんだんに含んだ内容を書こうかなと。

この記事はタイトルからもわかるように、あまりこれとした結論がありません。まあ”思いを馳せる”と書いてあるぐらいですからねw

その上であえて、本記事の結論は何かと聞かれたら、こうなります。

現代のありとあらゆるファンタジー物の源泉となっているナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)はすげえなってこと。

敬体を使うのも面倒くさいので、以下常体でいきます。

ナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)

まず最初に、さくっとナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リングについての説明をば。

ナルニア国物語とは

『ナルニア国物語』(ナルニアこくものがたり、原題:The Chronicles of Narnia)は、イギリスの文学者でありキリスト教信徒伝道者C・S・ルイスの、全7巻からなる子供向け小説の総称。

1950年から1956年にかけて刊行された。英米児童文学第3の黄金期というべき1950年代に、イギリスのジョフリー・ブレス(Geoffry Bles)社などからポーリン・ベインズの挿絵をつけて上梓された。

こんな感じ。

このC・S・ルイスってのが超有名。日本人にとっての芥川とか太宰とかそういうポジションなのかな?

イエス・キリストがモデル

第一巻「ライオンと魔女(The Lion, the Witch and the Wardrobe)」さえ読めば、とりあえずナルニア国物語の骨子は抑えたといっても過言ではない。

というより、僕はまだ第一巻しか読んだこと無いw

第一巻では、戦争で疎開した移住先で、主人公の一人が、偶然ワードローブ(洋服棚)を引き出してみると、そこからナルニア国の世界に迷い込むという伝説的名シーン(と勝手に僕が思い込んでいる)がある。

タイトルに含まれるライオン・魔女・ワードローブというのはまさに、第一巻を象徴するキーワードと言える。

で、このナルニア国の王様がアスランっていうライオン。

これ以上はネタバレになっちゃうから詳細には説明できないんだけど、このアスランはイエス・キリストをモデルにしていて、聖書あたりに精通しておくと、まあ共通点がばっこんばっこん見つかって面白い。

ちなみに僕はドヤ顔で説明してるけど、解説読むまで気づけなかった。

「ナルニア国物語」について 第1回

この記事を読んで、「あぁーなるほどぉ!!!」と思わず唸った。

ちなみに作者のC・S・ルイスは“イギリスの文学者でありキリスト教の信徒伝道者”

色々つながった。

ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)とは

『指輪物語』(ゆびわものがたり、原題:The Lord of the Rings)は、イギリスJ・R・R・トールキンによる長編小説。妖精や魔法使いが国家を築き、戦争を繰り広げる架空の世界を舞台としたハイ・ファンタジー作品である。

初期作品『ホビットの冒険』の続編として始まるが、より大きな物語になった。1937年から1949年にかけて少しずつ書かれたが、執筆期間の大部分は第二次世界大戦中であった[1]

最初の版は1954年から1955年にかけて3巻本として出版された[2]。以来多くの言語に翻訳され、増刷を重ね、20世紀文学で最もポピュラーな作品の一つになった。

作者のJ・R・R・トールキンもくっそ有名。まあ僕も最近まで知らなかったけどw

ちなみにこのロード・オブ・ザ・リング、あのイーロン・マスクが幼少期の頃の愛読書として挙げている。

正直に言うと、僕は指輪物語の原作を読んだことがなくて、映画版の三部作を見たぐらい。ホビットはまだ見てない。

指輪物語は、多読的には超難しいらしくて、僕もまだ実際に読んだことがないからどんなものかわからないけど、そういうことらしい。

映画版ロード・オブ・ザ・リングを見て思ったこととしては、「王道すぎてつまらない」だった。後々になって、この感想は意外と的を射ていたことが理解できたんだけど、それについては後述。

というわけで、多分僕がロード・オブ・ザ・リングの洋書を読むことはない、はず。老後の楽しみレベル。

なんでlord of the ringsと複数形(plural)なのか?

この記事を書くとき、ふと思ったこと。

あれ、ロード・オブ・ザ・リングって、rings、それともring?

冠詞theがついてるからringじゃね?

なんて予想していたのだが違った。

Why is it called ‘Lord of the Rings’ when there is only one ring in the story?

詳しくは↑の記事に書いてあるんだけど、要は

「リングはたくさんあるよ!」

ってことらしい。それに加え、もっと深い深い根本的な理由があるらしいが、読んでもイマイチぴんとこない。

映画版ロード・オブ・ザ・リングでは、リングは一つだけだった気がするけど、原作はまた色々違うのだろうか。

とにかく、ロード・オブ・ザ・リングは

Lord of the Rings

と書きます!

ファンタジー・オブ・ファンタジー

ナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リング、この2作品を一言で表すと、

超王道ファンタジー

が最も的確かなと。

別に僕は英文学の専門家でもないし、もっというと、原作を読んだこともろくにない(指輪物語に至っては映画のみ)わけだが、割とファンタジー物の小説とか読むし、ゲームも色々やってきたし、20歳も過ぎてなお、剣と魔法の世界に恋い焦がれている人間。

【計100万語】「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」の英語版を1巻から12巻まで読んだので感想【多読】

パーシー・ジャクソンシリーズは、面白いしギリシャ神話のことがわかるしで最高

【シリーズ全巻紹介】the land of storiesがめちゃ面白くて語数も稼げるから紹介

ここらへんの記事は全部ファンタジーものの紹介。

ちなみに神話とかおとぎ話もめちゃくちゃ好き。

ギリシャ神話とか北欧神話とか、グリム童話とかマザーグースとか色々集めるのにハマってる。

本題に戻るけど、僕がナルニア国物語とかロード・オブ・ザ・リングを読んだ・見たのは浪人をしていた頃。

浪人の10月頃に多読に猛烈にハマり、受験勉強そっちのけで洋書を読んだり、海外ドラマ・洋画を見まくったりしていた。

で、ナルニア国物語・ロード・オブ・ザ・リングを読んだ・見たとき、

しょーじき、しょーーーじき、

「なんか王道すぎてつまらなくね?」

みたいな感想を抱いた。

で、なんでこうなったかってのを色々考えてみたところ、こういう結論に至り納得した。

要は、

ナルニア国物語・ロード・オブ・ザ・リングの2作品は、ファンタジーの祖先とも言える存在で、それ以降すべての作品に影響を及ぼした、というかファンタジーというジャンルを作った言えるのではないか。

これ以降のファンタジーものは、全て源流をたどればこの2作品にたどり着く。

言うなれば、我々は色々なアレンジを加えられてできた、ナルニア国物語・ロード・オブ・ザ・リングVer2のような作品やらゲームやらを吸収して育ってきた。

だからこそ、ナルニア国物語・ロード・オブ・ザ・リングを鑑賞する際に、踏襲され尽くしてきた物語の型にデジャブを感じ、味気なく感じてしまうのではないか、と。

ゴブリンとかエルフ、ドワーフ、剣と魔法、王国、魔王、これらの概念って今の僕たちにとっては当たり前の存在で、「ファンタジーといったらゴブリン退治でしょ」とか、「エルフは耳が長くて魔法が得意」とか、そういう認識が共通されている。

でも想像してほしいんだけど、これってすごくね?って話で。

だって、ゴブリンとかって実在はしていないわけで、架空の生き物・概念のはず。それにもかかわらず、僕たちは、共通した認識をゴブリンたちに持っている。(海外ではわからないけど)

その概念の土台は、全て1950年代のイギリスで生まれたものなんじゃねーのっていうね。

ナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)のすごさ

ファンタジーの王道と言える型・概念を生み出したこと、これに尽きる!

日本で言うドラクエ、というか、ドラクエの祖でしょこれは。

まあドラクエも半端ないけど。スライムを生み出したのはドラクエだもんね?

ゴブリンとか魔王とか、そういう概念を(生み出したかはともかく)ここまで人口に膾炙させたのはやばいよね。

発行部数とかもエグい。ナルニア国物語は1950年出版、全7シリーズで8500万部。

ルイスとトールキンはオックスフォード大学で知り合って友人になったらしく、トールキンの指輪物語も1950年台ぐらいに出版され、全3部作で累計発行部数は1億5000万部。

これはエグい。指輪物語は映画の成功とかがあるからナルニアよりは売れてるっぽい。しかも3部作でこれだからなぁ。

ちなみにハリー・ポッターは全7作(だっけ?)で4億5000万部とからしい。

この中ではハリー・ポッターが一番商業的には成功。

まあそんなハリー・ポッターもナルニア&指輪物語の影響からは逃れられないっつーことで、ルイス&トールキンさん流石っすとしか言えない。

さらにちなみに、地球上で最も売れてる(発行部数が多い)本は聖書

発行部数45億部とか。桁がちがうわwww

日本だと、村上春樹のノルウェイの森が1000万部突破とかで、後はせいぜい、いって数百、数十万部ぐらい。

最近は100万部突破なんてほとんど聞かない。確実にベストセラーというのは出にくくなっているなと。多様性の時代ですな。

日本の本が売れないのはマーケット規模の問題もあるけど、やっぱり新たなミームを作るのは昔から英語圏の人たちなんだなぁと。

世界三大ファンタジーとは

僕が浪人をしていた頃、世界三大ファンタジーという言葉を目にした。

どうやら調べてみると、世界三大ファンタジーというのは

  • 指輪物語
  • ナルニア国物語
  • ゲド戦記

の3作品のことらしい。

ゲド戦記???

ゲド戦記ってあのジブリのやつかな?

と思ったんだけど、そのゲド戦記らしい。

で、色々調べてみると、ゲド戦記の原作というものが存在しているとのこと。(完全オリジナルだと思ってた)

Earth sea

 

スケ少年は、こういう世界三大〇〇とか、四大〇〇とか、中二的キーワードには目がなくて、全部制覇してやろう!なんて考えてた。

だがしかし。

リサーチしてみると、世界三大ファンタジー というのは、日本のメディアがゲド戦記の商業的成功を狙うために民衆に流布した宣伝とのこと。

ほんとにメディアって嘘ばっかりだな!!!

激怒

世界三大美人をクレオパトラと楊貴妃と石原さとみです!って言うようなものかな。

ってわけでスケ少年の純情は弄ばれたとさ。

ちなみに日本でも、三大奇書というのがあって、「黒死館殺人事件」、「ドグラ・マグラ」、「虚無への供物」、この3冊なんだけど、こいつらはまーじでヤバイ。

どれも昔に読んだことがあるんだけど、とにかく凄まじい。この一言に尽きる。

特に「黒死館殺人事件」と「ドグラ・マグラ」

「黒死館殺人事件」は、内容というより文章が無茶苦茶だし、「ドグラ・マグラ」はもうね、混沌ワケワカメ。

鳥肌が立ったというか、今まで俺が読んでたミステリーはミステリーじゃなかったわ、みたいな衝撃を受けた。次元が2個ぐらいちがう。

圧倒的に圧倒される、みたいな頭の悪そうな表現がピッタリ。

仮にどれかの本がメディアの宣伝だったとしても、喜んで乗っかってやるわっていうレベル。

日本人に生まれたからにはぜひとも一度味わっておきたい本たち。日本語がネイティブじゃないと全く理解できないはず。で、ハマると止まらない。

ドグラ・マグラはkindle版が無料らしい!

黒死館殺人事件は、はっきり言って「全く理解できない」。けど、不思議な気持ちになる一冊。

ミームになるということ

ミームという用語は、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」の中で提唱された概念。

僕も専門家じゃないので(この前置きクッソ便利)、詳細な定義は避けるけど、要は、

「人間の頭の中に記憶として残り、人から人へ形を変えて伝わっていくもの」

みたいなやつ。生物は子孫を残すことでDNAを複製するけど、ミームというのは、人から人への伝達だけで複製できる。

いわば無形のDNAとでも言うべき存在。mimic(真似る)からドーキンスが命名したらしい。

ちょうどこの記事のテーマである「ナルニア国物語」、「指輪物語」というのもミームだし、ゴブリンという概念もミーム、キリスト教とかもミームだし、ずいずいずっころばしとか、「セッサン」とかもミーム(出身がバレるなw)

さらに言うと、人の噂もミーム。噂って人から人へ伝わるにつれて内容が変化するよね。こういうのがまさに、DNA的なところ。突然変異みたいな。

まあ詳しく知りたい人は「利己的な遺伝子」を読んでほしい(ちなみに超面白い。学問書というよりは、小説を読んでいる感じ)

この「ミームになる」、というのが奥が深くて

ミームになるだけなら簡単なんだよね、というより、誰しもがすでにミームと言えるんですわ。

ただ、「ミームになり続ける」というのが超難しい。

誰だって、何だって、時が経てば忘却されてしまうわけで。

一発屋はその最たる例。一発屋 芸人どもが 夢の跡 でしょう?

ちょっと個人的な話をすると、僕は、ミームが遥か未来まで伝わるような何かがしたい。

意識高いというよりは、それが一番難易度が高いから。

Because it’s there!!

原作は読むべきなのか

原作主義の人たちがいる。「原作では〜〜〜」みたいな。

僕としても、やっぱり面白い映画を見たらその原作を読みたくなるし、リメイク版がよかったらオリジナルを見ようと思う。

この前見たラ・ラ・ランドでは、アメリカの超有名な古典映画を引き合いに出したシーンがあったんだけど、僕はそのやり取りの意味が理解できなかった

気になって調べてみると、「カサブランカ」が元ネタとのこと。カサブランカは僕でも知ってる有名映画。見たことはないけど。

いわゆる古典ってやつ。七人の侍みたいな。

僕はなんとなく、そのシーンが理解できなかったことが悔しくて、というより、サラッと「カサブランカ」を使うなんて、そんなシャレオツな台詞を言えるようになりてぇぇええええええ

と思った。

で、先日カサブランカをNetflixで鑑賞。まあ一度は見といて損はない。

「君の瞳に乾杯」ってカサブランカが元ネタということも初知り。“Here’s looking at you, kid”が「君の瞳に乾杯」だからなぁ。名画にして名訳あり、ここに極まれり、だね。

 

多読的な観点から

原作・古典を制覇しようと意気込むのは、多読をしている者なら誰もが通る(と僕が勝手に思っている)道。

ヘミングウェイとかシェイクスピアとか。

ただ、多読でいちばん大事なのは、理解しながら楽しむこと。

結論としては、そういう「お文学」的な作品は、別に読まなくていいし、ってか読めない(僕は)、だけど、読めないからって凹む必要は全くないってこと。

ドグラ・マグラとか三国志を読んだけど、うっわ~難しいなぁこれ全然わからん、みたいなことたくさんあったし。

「老人と海」のkindleが無料だったから、多読を初めて数ヶ月ぐらいのときに軽い気持ちで読んでみたんだけど、

まぁーーーーつまらん!!!!!

20ページぐらい読んで挫折。

英語圏のスピーチを見てると、まぁ猫も杓子もシェイクスピアを引用するんすわ。だから、「俺も教養をもっとつけて、あいつらと対等に渡り合えるようになりたい」みたいに思っていた時期が僕にもありました。

ただ、最近になってわかったことは、そういうのは全部飾りであって、必須なものではないなってこと。あればいいかなレベル。

それよりも、本業だろう、ビジネスだろう、ということで、今はプログラミングをやりまくってインターンとかしてたり。

最後に

話があっちこっちに脱線して、というより意図的に脱線したところもあるんですが、自分が書きたいこと、学んだ知識はけっこう吐き出せたかなと。

この記事を最後まで読んでくれた方がいるなら莫大なる感謝を。きっとよっぽどの変人なんでしょう、僕みたいに笑

書きたい記事とか、喋りたいことってのはたくさんあります。

特に英語に関しては、毎日洋書を読んでますし、海外のサイトを回っていることもあり、うっわーこれいいなぁーみたいな表現に出会うことは日常茶飯事。

映画もときどき見るので、感想を書きたい、なんだけど、その需要があるとは限らないんですよねー。

この記事も、いわゆる僕のオ○ニーみたいなもので。日々僕の中に蓄積していく考えを一気にドバっと出してスッキリしたって感じです。

極論を言うと、この記事が誰にも読まれなかったとしてもいいんですよね。

未来の僕が読むので。5年後、10年後、あるいは僕に子供ができたらそいつらが。

ミームとなって広まっていくってことですね。

というわけで、今回はだいぶ偏った内容でした。タイトルに違わず、「ナルニア国物語とロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)に思いを馳せ」ました。楽しんでくれた方がいたら超嬉しいです。

以上!

 

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